父の癌の話 5 

父の癌がわかり

病院へ通うようになってからの状況は

きょうだいには常に報告していて

 

見舞いの頻度は異なるものの

きょうだい皆が

同じ方向を向いていると思っていたのは

大きな勘違いでした。

 

 

家族で暮らしていた頃の

父と母の関係を見てきた

私たちきょうだいそれぞれに

父に対する わだかまりがある。

 

とても仲の良い家族だったけれど

父にもひとりの人間としての

様々な課題があって

 

私は早々に家を出て自由にしていたので

また違った付き合い方が

できていたのかもしれないけれど

 

母が亡くなる時まで近くにいた妹には

許せない何かがあったのかもしれない。

 

命の終わりを目の前にしながら

大切にしたい事を

理解しあえない事が悲しかったけれど

 

どちらが正しいとか間違いとかでなく

皆それぞれの世界があって

感じている事があって

正義があるんだという事を

思い知らされました。

 

それでも きょうだいの存在はとても心強くて

父が再入院してから

毎晩泣きながら夜中に目が覚めていたのが

きょうだいに会った日は

久しぶりに朝まで眠る事が出来て

束の間ほっとできた事を覚えています。

 

 

 

 

足が動かなくなり再入院した父は

その後腰のあたりに転移した癌が見つかり

本人の意思で放射線治療を行いました。

 

治療が辛いなら辞めようと 何度も伝えそうになったけれど

辞める事は命を諦める事になるのではないか と思い

何も言えず付き添う事しかできませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

message 20210722

生きとし生けるものは 

皆つながっていて

貴方だけにしかわからない方法で

メッセージを伝えて導いてくれる

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ふと目の前に現れるもの

耳に入ってくるもの

心に浮かぶ言葉、誰かの顔、イメージ

 

全部ヒント。

全部自分が知っているはずの事を

思い出す。

 

 

今日もあなたの一日が

あいに溢れたものでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の癌の話 3

父が退院してから1週間後

様子を見に自宅に会いにいきました。

 

食欲もなさそうで手土産に持っていった

和菓子にも手を付けず

負担になってはいけないからと

早々に帰ろうとしたところ

 

「足が動かないから玄関まで送れない」

 

と言うのです。

 

よくよく聞いてみると、

退院する少し前から足が動かしにくくなって

自宅に戻ってから酷くなり

眠る時も横になれず座ったままと言うのです。

 

びっくりして病院に連絡する事をすすめると

年末だから先生にも連絡が

つかないだろうという事と

身の回りの事は知人がしてくれるというので

一度は納得したものの

 

帰りのバスの中でどうしても

病院へ連絡しなくてはという思いが強くなり

父に連絡をした後、病院へ連絡をして

緊急でその日のうちに

再度入院する事になりました。

 

 

ようやく自宅に帰る事ができたのに。

家の片付け等もしたかったようで

また病院へ戻る事をしぶっていた父。

その日以来、父は自宅へ戻る事は

ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の癌の話 2

父が入院した当時

母は数年前に亡くなっていた為

父は一人暮らしで

 

自分を含めたきょうだい3人の中で

病院からの連絡を受けたり

日々病院に通うのは 自分の役目となりました。

 

皆、病院から遠いところで

生活しているという事もあったけれど

数年前に母が急逝した時

その数日前に実家へ帰ろうと思っていたのに

帰らなかった事をとても後悔していたので

父の事は自分が全部引き受ける くらいの

強い気持ちがあった事を覚えています。

 

 

放射線治療が始まり

父の入院している病院へ

通う毎日が始まりましたが

自分が想像していたよりも父は元気で

子供の頃の家族の話や、父の昔の話など

たくさんの話をしました。

 

その話の中で

その病院の目の前に見える神社が

自分のお宮参りをしてもらった神社だという事を

初めて知りました。

 

不安を感じながらも

この時は まだまだ元気だった

父と時間を過ごせる嬉しさの方が

大きかったです。

 

 

 

それから病院へ行く度、日々の状況を聞いて

検査や放射線治療のあまりの多さに

胸が痛みましたが

癌家族の相談センターで

次々とやらなくてはいけない事を説明され

その作業にも追われる毎日でした。

 

病院から電話が来る回数も増えました。

電話では詳細な説明を聞くことができない為

その度に病院へ足を運びましたが

その頻度からも、病状が刻々と

悪くなっていく様子が伺えました。

 

 

ようやく

予定されていた3週間の放射線治療を終え

退院をすることになりました。

 

一人で暮らす家に帰宅する父が心配で

私も一緒に行こうとしたのですが

「近くに知人がいて、来てくれるからと」

頑なに断られ、何かあったら

すぐに連絡をもらう事を約束して

その時は別れることになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の癌の話 1

数年前の冬

年に2回程会う、離れて暮らす父から

癌で入院すると手紙が来ました。

 

慌てて病院へ駆けつけると

変わらず元気な姿があったのですが

医師からの説明だと余命は半年との事。

 

命の残り時間なんてわかるものかと思ったものの

父は肺癌で、その時には脳にも癌が転移していた為

様々なデータから余命は半年くらいなのではないかと

淡々と説明され、同席していたきょうだいと

ひとまずその場の状況をのみこむだけで精一杯でした。

 

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父から手紙が来る少し前に

自分の中に感じる予感があって

それは、新しい周期が始まる予感だったのですが

 

新しい周期、新しい人に出会う時にはいつも

自分にとって大きな別れがあったので

その時に一瞬 父との別れがよぎり

嫌な事を想像してしまったなと

思った事があったのを思い出しました。

 

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癌など、余命がわかる病気だと

きちんとお別れができるから良い なんて事を

聞いた事があったけれど

その時はまだそんな事を思えないまま

病院へ通う毎日が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の癌の話 4

年末に再度、緊急入院した数日後
1月の2日にきょうだいで
父のお見舞いに行きました。


「無理にでも病院に連絡をしてくれて
ありがとう」と父は言ってくれたけれど
父の気持ちを思うと
素直に喜べない自分がいました。


足が動かず、尿意も感じにくいという事で
自分でトイレにも行けなくなり
車椅子に乗り看護師さんに介助される姿を見て
1ヶ月でこんなにも
状態が悪くなってしまうものなのかという
悲しい気持ちと

再度入院したものの 年末年始だった為
病状を確認するための検査は
1週間以上後になると聞いて
気が気ではありませんでした。



そんな中でも あらゆる可能性を考慮して
父のこの先を考えなくてはならず

新たに転移しているであろう癌の治療を
すすめる為の説明や、
治療をしないと決めた場合に
どうしたら良いのかという説明を受けました。

具体的には
自宅で、介護士さんの力を借りながら
家族と共にケアをするのか


身の回りの介助をしてくれる人がいる施設で
緩和ケアといって
積極的な治療はせず 痛みが出た場合に
苦痛を和らげるような点滴をしてもらう程度の
医療行為をしてくれる場所にいくか

という事です。


このまま最期までその病院で診てもらえると
思っていたので、転院する事による
父の精神的、身体的な負担に不安を感じつつ
父の気持ちを最優先しながら
どうする事が正解なのか
きょうだい、家族で何度も話し合いました。


物凄く難しいと感じたのが
その話し合いを、父本人が不在の状態で
行わなければいけなかった事。

父自身が、余命を聞いていたとしても
ただでさえ自分の状態が
どんどん悪くなっていくのを感じながら
そんな話を子供たちに持ちかけられたら
どう感じるだろう。


こういう話は
元気なうちにしておかないとなのです。

プレゼントが決まらない

明日はとても大事な友人の誕生日なのだが

まだプレゼントが決まっていません。

うーーーん毎年悩んでいる。

 

 

自分は元々人にプレゼントするのが好きで

誕生日はもちろん、会う約束があれば

その度に何か選んでは渡すタイプの人間だったのだけど

あげるのも貰うのも嫌になってしまった時期がありました。

(プレゼントごときでいちいち重いなと自分でも思う)

 

元々、あげたいからあげる。というシンプルな考えだったのに

いろいろな付き合いが増えていくうちに

貰ったからあげなきゃになったり

それが続くと、相手のお返しの負担まで考えて

あげればいいってもんじゃないなともなったり本末転倒。

 

そしていろいろゆとりが無いと

考え方まで窮屈になってしまうもの。

 

今は1周回ってだいぶ適当になって

大人だから本当に欲しいものは自分で手に入れるだろうし

あげる人の方が選ぶ時間の楽しさとか

相手が喜ぶ顔を見られる楽しさがあるなという考えに落ち着きました。

 

 

そうして 貰って嬉しかったものを思い出してみたら

母が節目節目にくれた花だったり

職場の後輩が毎日ひとつづつ、ペットボトルのお茶についてる

マスコットを自分のデスクに並べていってくれた事など思い出しました。

 

どんなものでもその人らしさとか、プレゼントしようと

思ってくれた気持ちの嬉しさが残るものだな

。。。という事を思い出したところで

とりあえず外に出て

プレゼントを選びに行ってこようと思います。